ここでは戦艦の歴史を紹介していきたいと思います

まずは
戦艦の歴史を学んでいく上で必要な背景知識を書いていこうと思います。

戦艦の歴史


●日露戦争

この戦争は、
大日本帝国(日本)とロシアとの戦争で8隻のロシア艦隊を日本が4隻の艦隊で勝利を挙げた。



●第一次世界大戦

第一次世界大戦とは1914年~1918年に起きた連合国と中央同盟国の戦争である。



●第二次世界大戦

私たちが普段使う言葉、及びメディアが使用する言葉の中に戦前、戦後という言葉があるがこの「戦」とは後の日本である大日本帝国がアメリカに宣戦布告して始まった「第二次世界大戦(WWⅡ)」のことを指す。

この戦争は
枢軸国連合国との全世界レベルで起きた大戦で1939年にドイツ軍がポーランドに侵略したこと、そして仏英による対ドイツに対する宣戦布告から始まった。

日本は1941年にアメリカの真珠湾を攻撃してアメリカに宣戦布告した。この大戦では主に海上と空での戦が行われた。



●戦艦 「大和」

この戦艦「大和」は当時の日本の最高・最新技術を結集したものであり史上最大の主砲(直径46cm)を備え、史上最大の排水量を持つものであった。

この艦の建造・製造にあっては戦後の日本の工業技術の礎になったとも言われている。

戦前と戦時中はその存在は完璧に隠されており(最高軍事機密であった)、戦争中に完成したこの戦艦「大和」は日本海軍の最終兵器であった。

大和は居住性に優れていて、内装は旗艦であった戦艦「
長門」に比べて多くの改善を施されている。

1942年(昭和17年)5月29日、
ミッドウェー海戦(作戦)で連合艦隊指令官の山本五十六と共に柱島泊地を出航したが、直接米軍と戦火を交えることはなかった。


沖縄がアメリカに占領され、その出撃を目的として世界最大の戦艦である大和は出航する。九州沖でアメリカの航空隊に攻撃され戦艦の最新技術ももってしても無事帰還することはなかった。

1945年4月7日に
坊ノ岬沖(九州南方地域)で沈没した。

世界一の戦艦として日本の象徴となる(戦艦大和は事実戦艦の終焉としての象徴であり、日本海軍の象徴は戦艦「長門」だという声もあるが当サイトでは「長門」「大和」の両方を日本海軍の象徴とする)。


大和の沈没は戦艦の歴史に事実上の終止符を打った。

大和の沈没をきっかけに戦力としてのポイントが海から空へと変わったのだ。